「ただの人間」が、一人黙々と歩いている。

湿り気を帯びた草と大地が夕立の余韻を残し、

夜虫の合唱を中天に至ろうとする月が照らしている。

 

都市の灯りは丘陵の上からも未だ見えず、

今宵はこの辺りで一夜を明かすこととなるだろう・・。

などと考えながら、静かに歩みを進めていた。

 

人間の名は河上 源(みなも)と言った。

育った場所である東の地を離れ、

ただ一人、大陸を当てもなく旅を続けていた。

その顔の上半分は仮面に隠され、菅笠の下蓮華の如く白い髪が揺れている。

何とも奇妙な出で立ちであった。

 

大きく息を吸い込めば。

身体に満ちるのは、むせ返るような土と草の薫り。

だがその香気の中に微かに嫌な匂いが混ざっていることにミナモは気が付いてしまった。

獣ではない。

もっとハッキリと、己を主張する匂い。

「(こんな場所に、しかもこんな時間に人・・かよ。)」

此処はまだ都市から離れている。

ゆえに都市の魔導力プラントが生むエネルギーの恩恵に

預かる事が出来ない場所。

 

近くに旅人たちのキャンプがある気配も無い。

そんな場所に好んで居る人間は、余程の酔狂か、旅人か

或いは

 

共同体に居られない者か。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

案の定、暫くゆくと見るからに華奢な体躯の男が一人、

木立の中で屈強そうな男たちに取り囲まれていた。

手には灯りと、何人かは得物も持っている様である。

恐らく追剥の類であろう。

幸い相手の一団は誰も此方に気づいていない。

と言う事は、逃げた方が余計な面倒を抱えなくて済むと言う事である。

が、

結果何処かでその遺体を見つけでもしたら、どうにも気分は不快(わる)くなる。

 

ならば、とミナモが選んだのは、少しでも自分の気分が快()くなる道であった

 

 

「確かに、人が狂うには良い夜やも知れん。」

 

と、不意に響いた声に男たちが振り向くと

其処には東洋風の旅装束に身を包んだ影、ミナモが立っていた。

 

その出で立ちに男たちは一瞬気圧される物の、直ぐに声を荒げて襲い掛かる

男たちが振り回すのは、手入れもロクにされていないような粗雑な得物。

だがそれでも、掠りでもすれば大怪我は免れない。

何人もの男たちが、入れ替わり、立ち替わり、大ぶりな斬撃でミナモを襲う。

対するミナモはそれに当たらぬように精一杯なのか、一切攻撃する素振りを見せない。

 

その様子を見て、大したことは無いとタカを括ったのであろう、

男たちの攻撃がより一層苛烈になる。

数人の男たちが一気にミナモに詰め寄り、その刃を振り下ろした。

同時に響き渡る悲鳴。

男たちの振り下ろした刃が、自分の仲間に突き刺さっていたのである。

何が起こったのか理解している者は居なかった。

だが、仲間を傷つけられた男たちは一丁前に義憤に駆られたかのように、

再び一斉にミナモに襲い掛かる。

 

そして、悲劇は繰り返される。

刃は、再び仲間を切り割いていた。

本来ならば、気付くはずである。

自分の剣線の軌道上に仲間がいるならば。

 

だが、まるでその事に気が付かなかったかのように、

男たちは躊躇なく互いに得物を降りおろし、互いに傷つけあっていたのである。

やがて、その場に木立の木々と二人の人間以外に、

地に長い影を生む物は居なくなった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「・・いやぁー。本当に助かったよ。

彼ら、僕がお金を持ってないって分かると、『コイツは高く売れるんじゃないか?』なんて、

物騒な事を言い出してたからね。」

 

【ザームカイト・リベラリテート】と名乗るその襲われていた男は、

先ほどのことなどまるで無かったかのように

にやにやと掴み所の無い笑顔を月下に浮かべていた

烏の濡れ羽色、そう呼ぶに相応しい黒髪を湛えた、不思議な男であった。

 

「別段礼には及ばない。

これは私自身が不快にならない為やっただけゆえに、な。

それに、私は何もしていない。貴方(あんた)も見ただろう?

勝手に彼らが自滅して、逃げて行っただけさ。んむ。」

 

そう言いながら、ミナモは腰の水筒へと手を伸ばす。

だが生憎、その中には数滴の水が残るだけであった。

どこか気まずい、数瞬の沈黙。

 

「・・礼と言っては難だが・・良ければ水を少し分けてもらえると助かる。」

 

ミナモのその言葉が耳に入るか入らないかの内に、

ザームカイトは、すぅ と月に向かい、何処からか取り出した杯を向けていた。

すると、まるで天に浮かぶ月から滴るかのように、

白金に輝く液体が虚空から瑠璃色の杯の中へと零れ落ちて行く。

そう間を置かずに杯は「水」で満ち、ザームカイトは輝く杯をミナモに差し出した。

 

「・・ほぅ。」

 

不思議であった。

一体どのような仕組みでそれを為したのか、まるで分からない。

もしかすると、これは毒やもしれぬ。

だが、その「水」は溜まった底の方からオパールのような光沢を放ち、

呑まずには居られない、何とも言えぬ魅力を放っていた。

仮に毒であっても、このような稀な代物を味わえる機会が今後訪れるであろうか。

ミナモの内で好奇心が勝った。

 

覚悟を決めて一気に呑み干す。

その液体は紛れも無く水であった。

冷たさこそ余りないが、体の芯まで染み込むような優しさを秘めている、

まるで月の光そのものを呑んでいるような感覚であった。

 

その水を心行くまで味わった後、ミナモは感心したように話し始めた。

 

「今まで機士と言う人間は多く見て来たけれども、

貴方(あんた)みたいなことが出来る奴というのは初めてだ。

一体、どんな風にやったらあんなことが?」

 

まぁ、僕以外に出来る機士は殆ど居ないだろうね。

と、質問をはぐらかしつつ、今度はザームカイトがミナモに問うた。

 

「ところで、・・そう言う君は機士じゃあないのだよね?」

 

その問いかけに、ミナモが軽く頷くと。

嬉々としてザームカイトは立ち上がった

 

「あぁ!そんな「機士では無い」、イレギュラーな君と、

こんな夜に出会えるなんて・・僕はなんて恵まれているのだろう!

 

今だけは「あぁ神様よ、ありがとう!」と感謝したい気分だよ!!

 

やたら芝居がかった台詞回し。

だがそんな昂るザームカイトとは裏腹に、吹いていた風も、虫の声も止み、

草が擦れる微かな音すら聞こえぬ不気味な静寂が辺りを包んだ。

 

「・・君は「機士になりたい」、とは思わないかな?」

 

その言葉が、音の無くなった世界に響く。

 

「私を『機士』に?」

 

ザームカイトの言葉は、ミナモには到底理解できない物であった。

元々機士の素質を持つ人間の機体を構成するなどして「召喚可能な状態にする」

と、言うのならまだ分からないでもない。

しかし、「機士の素質を持たぬ人間」。

それが「機士となる」というのは、今まで聞いたことが無い。

 

そもそも、そんなことが起こるならば、ミナモを縛っていた物が成立する筈も無い。

だが、そのようなミナモの逡巡などお構いなしに、ザームカイトは言葉を並べてゆく。

 

「多分、君を「機士にできる」人間は、 今この世界に僕一人しかいない。

この機会を逃せば、君は一生機士とは縁のない人間になるだろう。

尤も、今の世界において機士であることのアドバンテージなんてそう無いから、

ミナモ、キミが『ただ生きる』上ではどちらを選択してもそう変わらないけどね・・

さぁ、どうする?」

 

両者の間に沈黙が流れる・

 

「(機士の力それ自体には興味は無い、が・・。)」

 

ミナモは機士というもの、機体という物、

それ自体には興味があった。

『機士』はあの場所において忌まれていた力。

また恐らく、あの呪いが世界中を覆っていなければ今でも圧倒的であった力。

そして持たざるが故に自身を「希少種(めずらしいもの)」足らしめる力。

「(尤も、機士に成ったら成ったで違う意味での「特別」になってしまうだけではあるがな・・)」

 

しかし、そんな理屈より何より、

やはり「【興味】その物」が強く頭をもたげる。

ミナモは己の心を決めた。

 

「・・至極、興味がある。貴方(あんた)がそれが出来ると言うなら、

是非とも私も「機士」に成ってみたいものだ。」

 

その答えを予見していたかのように、ザームカイトは静かに微笑んだ。

 

「君が導いたその解と選択を、後悔はさせないよ。」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

どこからか取り出された数個の顕在化アルケメタルが、

地面に座ったミナモを囲むように置かれてゆく。

 

「此処から先は君次第だけど・・」

 

座った状態のミナモを見やり、ザームカイトは続ける

 

「どうやら瞑想の類は得意そうだね。なら話は早い。」

 

ザームカイト曰く。

月の光が目の前のアルケメタルに吸い込まれ、溜まったそれが外側に溢れだし、

その光が次第に自分の中に入り、登ってくるイメージをすれば良いという。

ただ、その後何が起こるのかについては一言も語らぬまま。

その理由は教えてしまうと上手く行かないから、とのことであった。

 

ここまで煌々と月が照らしているのである、

最初のイメージに至るのはミナモにとって余りに容易なことであった。

 

そして、ミナモのイメージに呼応するかのように、

アルケメタルから「本当に」光が滲みだして来る。

それが、イメージ通りにミナモの内側に染み込み背骨を蔦のように這い登ってくる。

月の柔らかくひんやりとして心地よい光が、体に満ちて行く。

 

やがてその淡い光が内に満ちた時、

ミナモは月明かり照らす世界から切り離され、

一人虚空に座していた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そこは漆黒に埋め尽くされた場所であった。

だが不思議なことに、その黒の中でも自分の体だけは

何よりもはっきりと認識できていた。

 

ほぅ、と息を吐いても風は起こらず、

その熱すらも無限の黒の中に吸い込まれ、感じることは出来ない。

だが夢では無い、幻覚に近いものなのか。

ただそれにしては、あまりにハッキリと感覚は冴え渡り、

自分の輪郭に至るまでを私は知覚していた。

 

その際限なく広がる空間の圧力に、只管耐える時間が続いた。

暗闇は人を圧迫し、狂わせる。

加えて言うならば、体にまとわりつくこの闇は泥よりも重く、

そのものが持つ、熱とも冷たさとも分からぬものと共に

じわりと体に染み込んでくる気さえする。そんな代物であった

 

ふと、気が付くとその染み込む闇が放つモノとは異なる熱が、

内から滲み出し、身体の様々な箇所に違和感を生じさせていた。

 

その違和感の正体を探ろうとするも、

先ほどまで確かに動かせていた体は、

今や石にでもなったかのように動かなくなっていた。

ならば、と違和感が生じた腕の辺りに視線だけをやる。

すると皮膚が、まるで下に何かがいるかのように蠢いていた。

 

その箇所は間を置かず小指の先ほどの泡となり、膨らんで、

ぷちん。  と弾ける。

弾けた場所には丸い穴が開き、皮膚の下の赤い肉が覗く

それが、全身で起こり始めていたのである。

1つに気が付くと全身に、既に空いていた穴の全てが知覚され、

弾けることに伴う痛みが一気に、次々に襲い掛かってくる。

 

体中まばらに、あちこちで

ふつふつ、ぱちん、と。

音こそないがその「泡」は次々に弾け、

まるで種を落とした蓮のように、体中に深い穴が空いてゆく。

それが分かってしまう。

 

そこから溢れ出すのは赤と透明な物が混ざり合ったねばつく液体。

纏う衣服に染み込むだけでは飽き足らなくなったそれが

袖から、裾から、漏れ出し、水たまりを広げてゆく。

 

光景の気持ち悪さに吐くことも叶わず。

今の私はただ溶けて、腐ってゆくような自身を見て、感じるしかできなかった。

 

やがて、その泡は体の芯にまで達する。

内臓や骨の表面が泡立ち、ぼろぼろと穴が開き、崩れてゆく。

支える物が無くなり、頭蓋から転がり落ちた目に、

溶け、赤黒い水たまりになってなお泡立つ体が映る。

やがて身に宿っていた五感全てが弾けて溶け、水溜まりに意識だけが残る。

 

溶けた身が、虚空に漂う。

もはや形すら持たない、赤黒く、どろどろとした血と肉とが混ざり合ったモノ。

それがただ、漂っている。

 

五感が消え、意識だけとなって、肉体が感じる情報から閉ざされた状態。

だから「水たまり」が、まるで穴に吸い込まれるかのようにそちらに「落ちてゆく」のに

気が付くまでには少々の時間を要した。

 

 

「私」が渦を巻きながら、深く、深くへと流れ、落ちていた。

 

そして落ちてゆく毎に、自身の意識が少しずつ希薄になってゆく。

周囲の漆黒に溶け込み「自身」という境目が無くなって行くのだ。

それは、何とも心地よい感覚であった。

 

だが、

すんでの所で「我」が呼ぶ。

急激に沸き上がる「我」に対する執着。

それが、自らが消えるのを良しとしなかったのであろう。

 

「我」が消えようとしている。

その事に気が付いてしまったのだ。

必死であった。

既に最早無い腕を虚空の穴の壁面に突き立てようと、

落ちる体を止めようと、必死に「もがく」。

その思いが本当にブレーキになったかのように。

「落ちる」速度は次第に緩やかになり、虚空に再び制止する「我」

 

その「下」には、

そこには何とも表現できないモノが感じられた。

いや、確かに在った。

敢えて言葉にするならば、奔流が近いであろうか。

 

ごぅ。

ひゅ。 ごぅ。と

まるで砕け散る潮騒のような、岩を削る風のような、死にゆく物の浅い吐息のような

様々な「音」が通り抜けて行く

 

通り抜けるたびに次々と「我」にぶつかり、奔流へと誘う。

それは問いに近い物であった。

奔流に呑みこまれることを肯定させるための問い。

答えが見つからなければ、その分だけ奔流に近くなってゆく

問われて、答え

問われて、答え

問われ、答え

答え

 

答え

 

 

それが永遠に続くかと思われた。

 

その時。

一際大きな、渦を巻いた稲妻のような「それ」が私と正面からぶつかり、互いに吼える。

 

そして

問われて

 

応えた

 

その解と同時に感じる、性的な快感をもっと濃く、熱くしたような力の流れと

身体の中で燃える蛇と凍て付く蛇とが暴れるような苦痛。

この蛇が、流れが、水たまりとなった私自身の中を、根を張るように駆け廻り、

溶けた血肉の水たまりにもう一度形を与えてゆく。

 

まるで昆虫が蛹の中で自らを一度溶かし、新たな身体を作るかのように、

もう一度「我」が私という輪郭と、身体とを取り戻して行く。

 

そして、「目が覚めた」

 

 

 

「おぉ・・・・。どうやら生きてるみたいだねー。

気分はどうかな?」

 

目を覚ましたミナモの前には、ザームカイトが涼しげな顔で座っていた。

月の傾きを見るに、儀式を実行に移してからそう時間は経っていないらしい。

 

「しかし、成功して良かったよ。何せ君のような「機士じゃない人間」なんて

今の世界に数パーセントも居ない「レアケース」に試すのは初めてだったからね。」

 

結果良ければ全て良し、と、

からからと、悪びれもせず笑うザームカイト向けて、

ミナモはゆっくりと拳を握りしめながら問う。

 

「・・もし、失敗したらどうなっていた?」

 

先ほどの儀式の影響だろう、

体を突き破りそうなほどに強く脈打つ心臓の拍動以外にも、

身体全体が異常なまでに重かった。

そんな状態でありながら、ミナモは呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がる

 

「多分死んでたんじゃないかな? 機士でも下手したら死ぬんだし。」

 

だが、返って来たのはあまりに淡々とした声音と回答。

その応答に、このザームカイトという男の根っこを見たミナモは、ゆっくりと拳を解いた。

これは、殴っても溜飲が下がらないタイプの相手だ、と。

 

「・・成程。ならば序でに聞いても良いだろうか。

ザームカイト、貴方が今までに何人殺したのかを。」

 

全く躊躇う様子もなくザームカイトは答える

 

15人中4人だね。

4人は皆僕が無理だと言ったのに脅してでもやらせようとした連中だった。

更に言うと失敗したのはその死んだのを入れて8人だ

死んだ以外の人は僕の見立て違いや、条件が狂ったりが原因で失敗してね。

後遺症が少し残った例は1件だけだけれども、本当に悪いことをしたと思っているよ。

 

・・因みに、今回はちょっとした決め手こそあったけれども・・

『君なら多分大丈夫だろう』とそう直感したから、実行したというわけさ

・・それで!ミナモ、君にはあそこで何が見えたのかな?」

 

人の気などお構いなしに興味津々に、目を輝かせながら聞いてくる。

が、先ほどの情景を語る気にはとてもなれなかった。

 

「・・情報が膨大過ぎて、説明が出来ない。」

 

ミナモのこの解(こたえ)、半分は嘘で、半分は本当であった。

 

「素質の無い人間の成功例。という実績をくれてやっただけで満足してもらおう。

・・しかし。」

 

確かに帰っては来られた。

が、自分は本当に「機士」になったのか。

あの感覚こそ覚えてはいるが、今の身体は儀式前と全く差が無いように感じる。

 

「なら早速試してみよう!今のキミなら、魔導力が【機士としてのキミ】に応えるはずさ。」

 

言われた通り少し、意識を内に向けると利き腕の右手に光のラインが走る。

そして自分の内から滲み出して来るものを確かに感じる。

「それが、君の意志に反応した魔導力によって

この世界に現出しつつあるアルケメタル。そして、機体を召喚するための呼び水だ。

 

後必要なものがあるとすれば・・キミの場合は『名前』かな?

その感覚に形を与えるための、最後の鍵。

名をもって存在を縛し、定めるんだ」

 

機体の名前・・。

あまりに突然の事であった。だがあの時感じたもの、見たモノ。

それにあやかろうと決め、

ミナモは己の「機体」の名を叫んだ。

「我が下に顕現せよ、「ルサールカ」!!」

 

一瞬深い水のような、青黒い光に体が包まれ。

刹那、光を取り戻した時、ミナモは機体に成っていた。

 

「これが機体か・・・・!」

 

思わず、ミナモは言葉を紡いでいた

自身の全身が大きくなり、そのままそこにある。

否、ただ身体感覚が拡張されただけではない。

全身の全てがそれぞれの感官を兼ねているかのように、

世界がよりはっきりと感じられた。

目は前を見ながらも、足下の草木、風の流れ、空の雲の切れ端までも見えているのだ。

 

ただ、そこが「先ほどまでいた世界」とは異質な物であることも同時に理解する。

(成程・・ここが【絶対空間】という場所・・。)

 

「流石!」

 

感傷に浸るのミナモの気分をぶち壊すかのように足元から声が響く。

 

「もう少しいびつな形になるかと思ったけれども・・まさかここまで完璧な形で

現出させるなんてね。」

・・ふむ、成程。『無形相基体(クヴェルゼート)』ではなく、

僕と同じような『形相基体(アーキエクスト)』か・・。

・・・・あぁ、独り言だから気にしないで。」

 

こうして、色々と引っ掛かる所こそ多かったもののミナモは無事『機士』となった。

 

それから1日後、何事も無く近くの都市に辿り着いたミナモは、

ついて来たザームカイトと共に暫くの間其処を拠点に機士としての訓練を積むこととなる。

その時間は2人の間に、奇妙な信頼関係を築くのに十分な時間であった。

星をみては語り、風を聞いては語り、互いに機体(こころ)をぶつけ合わせ

出会いのシチュエーションこそ良好とは言い難かったが、

何故か妙にウマが合った。

そして、ミナモが機体をある程度自在に扱えるようになった日。

それは、2人が互いの旅路を行く為に別れた日でもある。

 

その折、ザームカイトは今まで見せたことの無いほど真面目な顔でミナモに告げた。

「【機体】と言う「この力」は、ミナモ、君その物の力。

だから、これから君がそれをどう使うかは、君の意思による。

ただ、「だからこそ」の部分が今の君なら分かるだろう。

機体は機士の心の鏡だ。

そして、意志に応える魔導力は時として人の心を狂わす。

心が壊れれば当然機体も「壊れて」しまう、

逆に言えば、壊れた機体、つまり機士の壊れた心に何かできる物があるとしたら、

それは機体だけだと思う。」

 

「キミ自身が壊れてしまわないよう、くれぐれも気をつけて欲しい。

もう少し・・」

いや、よそう。とザームカイトは何かを言いかけて止めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

こうしてザームカイトと別れたミナモは、

一度自身が元居た場所に戻る事を決めた。

 

この大陸に来る前住んでいた場所には、

魔導力や機士を研究する顔なじみのラボがあるのである。

今回の顛末について全てを明かす心算は毛頭無いが、

一度「科学的な」目での分析があった方が良いとの考えからであった。

 

片やザームカイトはというと、

ミナモという「レアケース」での成功を活かし

新たに数人の機士を誕生させる傍ら

新たな実験を始める。

それは偶然巡り合った少女の亡魂を用いた実験。

生命、そして人間という生物種への挑戦にも近かった。

 

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その後。

 

ミナモはある噂を追って訪れた街、

『藍水ヶ原』にて自身の知識欲が暴走した結果、

意図せずして暴走体「チェルノボーグ」を生み、

ザームカイトが危惧したように、自らを破壊しかけることとなる。

 

しかしそれは期せずしてミナモ自身にもう一度、自らを省みらせ、

ミナモに新たな信念と、「無神論者」の名を冠する新たな機体(こころ)とを

与える切っ掛けとなり、

またミナモと縁ある一人の機士、「駆け抜け、己が手て掴む者(テイカー)」と

ミナモが評するある人物の行く道を、手助けする手段を与えることにもなった。

 

 

一方、ザームカイトという人間は、今この世界に居ない。

命を賭ける価値のある物を見つけてしまった、探究心の塊のような彼は

それを守るため、己の全てを賭けて挑み、微笑みながらこの世界から消滅したのであった。

 

ゆえに世界にはもう「機士をゼロから生み、意図的に深化させることができる者」は居ない。

そしてそれは、ある人々にとって非常に都合の良い事でもあった。